2009年12月05日

日帰り入浴施設

日帰り入浴施設(ひがえりにゅうよくしせつ)とは、公衆浴場の一種であり、宿泊を伴わずに入浴することを目的とした施設である。
共同浴場の延長線上にあるような小規模な風呂のみの施設から、バリエーションのある浴槽に休憩設備や料飲サービスを備えた大規模な施設まで、その範囲は広い。日ごろの風呂場として使われる共同浴場よりも、施設空間を通じたリラクゼーションや娯楽(アミューズメント)をサービスとして提供するスーパー銭湯の側面が強くなっている。


温泉の代わり(湧出しない地域の場合)に、海水(海洋泉)や井戸水(鉱泉)の沸かし湯を用いている施設もある。また、水道水の沸かし湯に入浴剤(ナトリウム・硫黄など)を混ぜたり、ボイラー内でラジウムなどの鉱石や固形物の温泉疑似成分を溶かし合わせた「人工温泉」と称する施設も都市部やテーマパーク周辺に新設されている(近年はビジネスホテルチェーン、フィットネスクラブの大浴場にも導入されている)。

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1980年代までは温泉が湧出するのは山間部の地域などで限定的とされたが、1990年代以降ボーリング(掘削)技術の進化により、1500mから2000m程度の深さまで掘削することで平野部でも湧出するようになり、2000年代以降、都市部における施設の新設開業が目覚ましい。 地方においては町興しの一環として温泉を掘削し、公営で入浴施設が営業されている事(旧喜連川町や、札幌市以外の北海道各市町村など)が多いが、都会ではレジャー産業の一種として、極楽湯のように全国展開する専業企業をはじめ、テーマパーク(多摩テック・豊島園)やパチンコ店(さいたま清河寺温泉)・一般企業(つかしん・平和島温泉・スパラクーアなど)の不動産再開発によって新設されることも多い。

全国各地様々な温泉地に存在し、日帰り入浴施設のみの温泉地も数多い。新規に源泉開発をおこなった場合にこのようなケースが多く見られる。 鉄道駅に併設される例や、高速道路のサービスエリア、道の駅など交通の便がよい場所に設置される例もある。

2009年11月29日

反日亡国論

反日亡国論(はんにちぼうこくろん)とは、日本の新左翼の政治思想の一つ。命名者は大森勝久である。
従来、反日思想の根拠とされたのは、いわゆる「明治以降の日本帝国主義が為した悪行」であった。一方、「反日亡国論」では、歴史をはるかに遡って、日本国の建国そのものを否定し、その国家と民族の絶滅を主張する。反ユダヤ主義に匹敵する過激思想であるが、反ユダヤ主義はユダヤ人以外の人々によるユダヤ人・ユダヤ教への差別思想であったのに対し、こちらは他でもない「日本人」自身が日本と日本人を否定する思想に傾倒していったという点で相違がある。
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いわゆる「日本人」は、反日亡国論を全面的に受け入れて反日運動の闘士となることで、初めて「抑圧者・犯罪民族」という「原罪」から解放されるとする。

従来の左翼思想の場合、レーニンの『帝国主義論(正式名称:資本主義の最高段階としての帝国主義)』の題名が端的に示すように、高度に発達した資本主義国家が、やがて「対外侵略性向」を帯びる帝国主義国家へと発展するという考え方が一般的である。そのため日本の「侵略性」も、封建主義社会から資本主義社会への移行に成功したことによる副作用であり、これを克服するためには共産主義革命を起こして、天皇制などの「日本帝国主義の残滓」を除去し、新生「日本人民共和国」に生まれ変わることで、日本の「侵略性」は消滅したとされる。
しかし反日亡国論の場合、日本の「侵略性」は帝国主義国家になって初めて現れたのではなく、建国以来連綿と続く「伝統」であるため、単に「日本人民共和国」と改組するだけでは「侵略性」を除去したとは言えない。最終的解決をするには、地球上から「日本」という国家を消滅させ、日本人をこの地から追放し、「日本」を冠する如何なる形態の国家の復活も許さないとする。

2009年11月25日

迹門

迹門
前半部を迹門(しゃくもん)と呼び、般若経で説かれる大乗を主題に、二乗作仏(二乗も成仏が可能であるということ)を説くが、二乗は衆生から供養を受ける生活に余裕のある立場であり、また裕福な菩薩が諸々の眷属を連れて仏の前の参詣する様子も経典に説かれており、説法を受けるそれぞれの立場が、仏を中心とした法華経そのものを荘厳に飾り立てる役割を担っている。

さらに提婆達多の未来成仏(悪人成仏)等、”一切の衆生が、いつかは必ず「仏」に成り得る”という平等主義の教えを当時の価値観なりに示し、経の正しさを証明する多宝如来が出現する宝塔出現、虚空会、二仏並座などの演出によってこれを強調している。そして、この教えを信じ弘める行者は必ず世間から迫害されると予言するキリスト教やユダヤ教等セム系一神教にも共通する「受難劇」の視点も見られる。

本門
後半部を本門(ほんもん)と呼び、久遠実成(くおんじつじょう。釈迦牟尼仏は今生で初めて悟りを得たのではなく、実は久遠の五百塵点劫の過去世において既に成仏していた存在である、という主張)の宣言が中心テーマとなる。これは、後に本仏論問題を惹起する。
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本門ではすなわちここに至って仏とはもはや歴史上の釈迦一個人のことではない。ひとたび法華経に縁を結んだひとつの命は流転苦難を経ながらも、やがて信の道に入り、自己の無限の可能性を開いてゆく。その生のありかたそのものを指して仏であると説く。したがってその寿命は、見かけの生死を超えた、無限の未来へと続いていく久遠のものとして理解される。そしてこの世(娑婆世界)は久遠の寿命を持つ仏が常住して永遠に衆生を救済へと導き続けている場所である。それにより”一切の衆生が、いつかは必ず仏に成り得る”という教えも、単なる理屈や理想ではなく、確かな保証を伴った事実であると説く。

2009年11月07日

目黒競馬場

目黒競馬場(めぐろけいばじょう)は、東京府荏原郡下目黒村(現在の東京都目黒区下目黒)に存在した競馬場。

1907年12月に日本競馬会によって開設された。1910年に東京近郊の4つの競馬倶楽部(日本競馬会・東京競馬会・川崎競馬倶楽部・東京ジョッケークラブ)が合併したのに伴い主催者が東京競馬倶楽部に移行。同年春季からはそれまで池上競馬場で施行されていた帝室御賞典の開催が始まり、翌1911年からは当時の選手権競走ともいえる優勝内国産馬連合競走が創設された。
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1932年に近代競馬の基幹競走となる東京優駿大競走(現在の日本ダービー)が創設され、記念すべき第1回はこの目黒の地で開催されたが、この頃には近隣の宅地化進展による地価高騰と、それに伴い競走馬の飲料用水確保が困難となりつつあった。また、敷地が6万坪しかない目黒競馬場はすでに限界まで拡張されてなお手狭になっており、その上、敷地の大部分が借地であり地主からは地代の値上げを要求され、議員からは町の発展を妨げると非難をされる様になるなど、目黒競馬場は存続自体が難しい状況に追い込まれてゆく。

果たして、これら諸問題を解決するためには移転を行うしか方法は無いと競馬場側は決断、翌1933年春季の開催を最後に当地での開催は終了し競馬場が廃止され、その役割を同年秋に竣工となった北多摩郡府中町(現・府中市)の東京競馬場に移転させた。

2009年10月29日

漁網

漁網(ぎょもう)とは、人間が魚類・貝類などを捕獲するために用いる網の総称である。漁業で用いられる漁具の一種である。また、漁網を用いておこなう漁撈活動のことを網漁と総称する。

さまざまな漁具のなかでも漁網は「一網打尽」の語のごとく、大量の水生生物を採捕できることから、高い漁獲収益を期待できる漁具である。漁網を用いる漁法は、捕獲対象となる水生生物の種類、操業環境、操業規模などによってさまざまな種類がみられ、また、漁獲量を高めるための技術的努力、研究もさかんである。

その一方で漁業資源の維持という点では、漁網の使用は乱獲・混穫といった問題を招きやすく、ほとんどの網漁は各種の法的規制の対象となっている。
漁網は、網地、綱、浮子、沈子、錨、目印となる浮き樽などで構成されている。
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網の材料繊維には、天然繊維(植物繊維、動物繊維)と合成繊維があるが、今日ではほとんどの網糸に合成繊維が用いられている。

合成繊維網が登場する以前は、麻糸、木綿(綿糸)、絹糸、苧糸(おいと)、藁、葛糸、蚕糸などの天然繊維が伝統的に用いられてきた。しかし、天然繊維網の場合、網に付着する有機物や温湿度の変化、夏季には付着する腐蝕虫(プランクトンなど)によって、繊維が腐敗する速度が速い。そのため、これらの天然繊維網の場合、その使用や保存にあたっては細心の注意を払う必要があった。

2009年10月18日

環境問題全体の対策を考える

環境問題全体の対策を考える上で、ある問題への対策が他の問題に悪影響を与えたり、それぞれの環境問題への対策が互いに相容れないものであることもある。例えば、温室効果ガスの排出量が少ないためヨーロッパではディーゼル自動車の利用が推進されているが、大気汚染物質の排出量が多いため日本では規制対象となるなど、対応が分かれている。資源の節約のために再生紙の古紙配合率を高めると、製品化にかかるエネルギーや資源が増大するといった問題もあるが、両方の解決のためには更なる作業の工夫や技術開発などが必要となる。

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また、消費者の視点として、環境に優しい製品などの環境負荷低減効果(環境効果)を正しく見極める必要があるとされる。例えば、電気自動車は排気ガスや温室効果ガスが出ないとされているが、動力源の電気を発電する過程で、ガソリン自動車よりは少ないものの、温室効果ガスなどが排出されている。一般的な認識では、全く排気ガスを出さないといった誤解も生まれており、環境効果の適切な表示や、環境リテラシーを求める声がある。

比較的新しい概念として、環境負荷を低くして文明を永続させるための持続可能な発展や持続可能性ということが国際的に盛んに言われている。これは「将来世代の利益を損なわずに、私たちが発展できるレベル」で経済発展をするというコンセプトで、特に途上国の開発の問題では頻繁に使われている。

2009年06月19日

土壌(どじょう、英: soil)とは、地球上の

土壌(どじょう、英: soil)とは、地球上の陸地の表面を覆っている生物活動の影響を受けた物質層のことである。

土壌は、岩石が風化して生成した粗粒の無機物(一次鉱物)やコロイド状の無機物(粘土鉱物あるいは二次鉱物)、生物の死骸などの粗大有機物、粗大有機物が微生物などの分解者の作用などによって変質して生じる有機物(腐植)などを含む。

土壌の固体成分は粗に充填されているため、土壌は多くの間隙を持つ。土壌中の間隙は、土壌溶液と土壌空気によって満たされている。土壌溶液の主成分は水であり、この水に水溶性の塩基や有機物などが溶解している。土壌空気の主成分は二酸化炭素、窒素および水蒸気であり、酸素濃度は大気と比較して低い。土壌の間隙には、多くの微生物や動物が生息しており、土壌生物と呼ばれる。
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土壌を、構成成分である粒子の大きさによって定義する場合には、粒径が2mm未満の粒子のみを土壌と定義し、2mm以上の粒子を礫(レキ)や粗大有機物などとして除外する。土壌の粒子は、互いに凝集した団粒構造をとることが多いため、粒子の大きさを測定する際には、土壌を多量の分散媒に懸濁させて団粒構造を破壊する必要がある。

土壌は、その構成成分の供給と消失の様式によって、土壌層が積み重なった形状を示すことが多い。土壌が形成する土壌層は、土壌を分類するための重要な指標とされている。

土壌は気候や植生の影響で、緯度によって異なる土壌帯を形成している。

植物生産的見地からみると、土壌は植物の培地の一種といえる。培地に土壌を用いないものを水耕栽培と呼ぶ。養液栽培の場合では、培地としての土壌の種類はさらに細かく、有機質培地を土壌としこれを用いる場合は養液土耕と呼び、無機質培地を用いる場合は養液栽培と呼ばれる。

土壌層は、土壌への物質の供給と消失の様式によって形成される平行な境界を持つ層のことである。

例えば、土壌の表層部に植物遺体などの粗大有機物が集積する場合には、この表層部はO層(Organic層)と呼ばれる。O層の下部には、粗大有機物が分解あるいは溶脱されて生じた黒色の層(A層)が観察されることが多い。また、有機物に由来する黒色化が不十分で、風化が進行した鉱物質の層はB層と呼ばれ、風化が十分に進行していない岩石層(母岩)はC層などと呼ばれる。

2009年06月01日

国民学校

国民学校(こくみんがっこう)とは、第二次世界大戦、太平洋戦争の社会情勢によって日本に設けられ、初等教育と前期中等教育を行っていた学校のことである。ナチス・ドイツの初等教育に起源をもつ。
国民学校は、こどもが鍛錬をする場と位置づけられ、国に対する奉仕の心を持った「少国民」の育成がめざされていたともいわれている。
バスト 増客対策 リフォーム アロマ 育児 美容整形 菜園 学校 乗物 検定 海外 美容 ホテル 理容 宣伝 仏具 賃貸 調査 成人病 贈答品 多汗症 墓地 スクール 産業 学習 信越北陸 養毛 転職 脂肪吸引 法人設立 葬儀 多汗症 経営 結婚 成人病 墓石 多汗症 事務用品 パソコン 動物園 中国四国 近畿東海 美容 内職 ポイント 雇用 結婚 多汗症 家電 リラク


1941年(昭和16年)の国民学校令(昭和16年勅令第148号)に基づいて作られ、6年の初等科と2年の高等科からなり、初等科は、それまでの尋常小学校などを母体とし、高等科はそれまでの高等小学校などを母体としていた。国民学校令の施行とともに、それまでの尋常小学校・高等小学校・尋常高等小学校は、すべて国民学校とされた。
国民学校令においては、それまで6年間だった義務教育を8年間に延長する規定が設けられたが、施行が延期され、国民学校令による義務教育期間の延長は行われなかった。

第二次世界大戦降伏後の学校教育法(昭和22年法律第26号)に基づき、初等科が新制の小学校、高等科が新制の中学校にとって変わられるまで存在。国民学校令で懸案だった義務教育期間の延長も、学校教育法の施行によって行われている(6年間から9年間へ)。

国民学校の教科は、初等科および高等科を通じて国民科、理数科、体錬科および芸能科とされ、高等科においては、実業科が加えられていた。各教科は、次のようにいくつかの科目に分けられていた。

2009年04月29日

兵農分離

兵農分離(へいのうぶんり)とは、安土桃山から江戸時代にかけて推し進められた武士階級以外の武装解除を指す。のち徳川家が国政を管掌する途上において、武士と他の階級を明確に区別し、武士を最上位に置く体制を確立した。

日本の中世期においては、幕府の地頭、御家人、その郎党といった正規の武士以外に地侍(土豪)、野伏、農民等も武装していた。武士は律令時代の武装開拓農場主を出自とし、農場主が小作人の子弟を郎党として戦時の体制を構成していたため、兵と農は不離あるいは同義語に近い。また治安維持を担う政府が形骸化していたために流通業者も武装しなければならず、農業系武士の代表が鎌倉幕府の御家人たちであるならば、商業系武士の代表としては運輸業者であったといわれる楠木正成等が挙げられる。

つまり武装を必要としない江戸時代の安定を見るまでは、あらゆる階層が武装していたと考えるほうがよい。

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元々、兵農分離は戦国大名の必要性から始まっている。すなわち、継続的に戦闘が行われる戦国期においては、戦国大名はいつでも、迅速に、また長期的に政略的・軍事的要地に精兵を動員できるようにしたいが、室町期以前のような家来達が所領に在住する地方領主制では、召集するのに時間が掛かった。また、彼らの郎党には半士半農の者もおり、農繁期の動員に対して不満をもたれるといった問題もあった。このため大内氏や三好氏などは京に軍を進めることには成功したが、その覇権を維持することはできなかった。

これに対し、家臣を城下に集めて専任の常備軍(この常備軍は西洋軍事史で規定されるそれとは全くの別物である事に注意)とすれば、上記の要求を満たせる上、兵の錬度、武具の質も上げることができた。一方、家臣を城下に集中させれば、それ以外の者が武力をもつことは安定した支配への脅威となるため、その武装を禁じる、これが兵農分離である。

有力な戦国大名の下で、これらの施策は一部行われていたが、これを織田信長がさらに進め、他の諸勢力を軍事的に圧倒した。[要出典] ただし国人・地侍等の既得権授益層の解体を意味するため、最終的に徹底しされるのは、豊臣秀吉の天下統一後である。 。織豊時代を通じ、織田系の諸勢力は「農業従事者=軍役従事者」という既存の体制から、「金銭で軍役従事者を雇用」する体制を実現すべく、商業基盤の整備に力を注いだ。その施策のひとつが楽市楽座である。そのため楽市楽座と兵農分離は政策の表裏であり、また「治安の回復(=安定政権の樹立・天下統一)」の理念を前提としている。 豊臣期に兵農分離が徹底されたのは、商業の発展と貨幣経済の時代を保護した織田信長の後継者としては、当然の帰結といえるであろう。[要出典]

兵農分離による家臣の城下への集住は、楽市楽座とともに、城下町発展の大きな要因となる。

具体的な政策として検地、刀狩、海賊禁止令が施行された。これらは、土地の支配関係を明らかにし、武士以外の武装権を剥奪し、海上においては海賊勢力を解体して大名の水軍武士と漁民に分離するものであった。

江戸時代に入るとこの方針は一層強化され、支配階層を武士として、それ以外の農民、職人、商人はその下に入る階層として厳密に区別された。原則、身分の移動は行えなくなったが、江戸中期以降、この体制は再び崩れ始める。

2009年04月14日

お嬢様と私―たなぼた中国恋愛絵巻

『お嬢様と私―たなぼた中国恋愛絵巻』(おじょうさまとわたし たなぼたちゅうごくれんあいえまき)は、加藤四季による日本のギャグ漫画作品。月刊誌『MELODY』(白泉社)にて連載されていた。単行本は同社から全3巻が刊行されている。

概要 [編集]
中国・漢の時代を舞台に、守銭奴でじゃじゃ馬な下級役人の娘・許平君と、その召使いである張白玉が繰り広げる歴史コメディ(4コマ漫画)。ストーリー開始当初はごく普通の時代漫画だが、次第に前漢の歴史に関わる様々な人物が登場し史実に基づいた展開を見せる。

主な登場人物 [編集]
許平君
下級役人の娘。婚約者に先立たれ未婚のまま未亡人となるも、様々な縁によって張白玉と結ばれ漢王室皇后にまで登りつめることとなる。性格は強欲・短絡的・守銭奴・刹那主義。ギャンブル好きで、白玉との結婚も「皇位継承位三位」という彼の身分に賭け事好きな血が騒いだ部分が大きい。また作中何度もチンチロリンに出向くカットが描かれるなど、賭け事への関心は病的なほど。儲け話にも眼がない。しかし大らかかつ家族思いで素直な面もあり、やがては白玉のベストパートナーとなる。
張白玉(宣帝)
許家の下働きで生計を立てる下男。実は巫蠱の乱により家族を失った皇族で、本名は「劉詢」というが、本人すらその事実は知らされておらず、ながらく張家の親戚として育っていた。性格は真面目でやや達観主義。家事手伝いの能力は完璧。霍光に擁立されて帝位につくこととなるが、本人は貧しくもつつましく暮らすことを最後まで望んでいた。当初は張彊(香娥)に男と知らず惹かれていたものの、許平君の素朴さを次第に愛するようになる。
張賀
白玉のおじのような存在。白玉には何故か非常に懐かれているが、放任主義で無責任。仮にも皇族の末裔である白玉に対し、大したフォローもせずに農民として生活をさせていたので、結果的に餓死寸前に追い込んだりもしていた。具体的な地位は明らかにされていないが、王室関係者であり元暗殺者。許平君の後ろ盾となって後宮に出入りすることとなる。
張彊(香娥)
張賀の息子。匈奴討伐隊の隊長であり非常に有能な戦士だが、戦場であまりにショッキングな体験をしたことが原因で、普段は女装をして精神の安定を保っている。刃物など物騒なものを長時間持つと血に飢えて暴走してしまうなど、そのトラウマは相当根深い。野戦病院で知り合った淳于衍を毛嫌いしていたが、やがて惹かれていく。また許平君とは性別を超えた喧嘩友達。
霍成君
霍光の娘で「伝説のスーパーお嬢様」。先帝の後宮に入っていたがすぐに帝が崩御してしまったため、次の帝となった白玉の後宮にも入内することとなった。性格は清楚・天然・世間知らず。白玉に恋をするものの、許平君と白玉の間に入り込む余地がないことも何となく気づいている。許平君とは違うベクトルで変わり者であり、数々のコスプレに挑戦し白玉の気を引こうとする。
淳于衍
王室に出入りする医者。霍光の妻に許平君の暗殺を指示されている。いわゆるマッドサイエンティスト的な面があり、暗殺よりも薬の調合に気がそれてしまうなど少々浮世離れした性格。許平君の天真爛漫な性格に情が移り暗殺に失敗すると、それが元で霍光の妻により自殺に追い込まれることとなる。張彊にやたらとちょっかいを出すが、9歳で結婚しており既に夫と娘が居る。
霍光
漢王室の事実上の最高権力者。白玉を皇帝として擁立し、また娘を後宮に入内させるなど抜け目なく計算高い人物。政治力に非常に優れており暗愚ではないが、妻の許平君暗殺計画に乗ってしまうなど、暴走する妻を御しきれずに次第に立場を悪くしていく。白玉の皇帝としての資質に気づき、自分の手に余る存在になるのではないかと密かに危機感を持っている。

史実との関係 [編集]
ストーリーの大筋は前漢の時代を元に史実に沿って展開されるが、キャラクター設定や展開は大幅にアレンジされている(※質素で礼節を弁えていたとされる許平君が、欲の塊のような人物に変換されている、など)。また現代のアイテムや日本語の駄洒落がごく自然に登場するなどギャグ漫画の要素が強く、「歴史漫画」よりは「歴史を元にしたギャグ漫画」としての部分が大きい。しかし白玉が帝位についてからのさまざまな出来事や、当時の王室での立場などはかなり忠実に描かれており、あとがきなどからも作者の前漢時代への理解が非常に深いことが伺える。

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